傷だらけの起業戦士100人インタビュー第9回:株式会社Enbirth 代表取締役 河合 優香理(かわい ゆかり)さん

起業した人の人生には「失敗」がつきものです。そこには、傷だらけになりながら自分の力で駆け上がっていく戦士たちの物語があります。このインタビューシリーズは、そんな起業戦士達にお話を伺い、その数々の経験談から得た学びを、これから起業したいと考えている人たちに共有し、背中を押してあげられるような企画になれば、そんな想いを込めてスタートしました。  

株式会社Enbirth 代表取締役  河合 優香理(かわい ゆかり)さん

9人目の起業戦士インタビューは、マーケティング事業に加え、「働き方の健康診断」と称して、会社員が仕事を通じて日々感じる心の状態を可視化するサービス「WorkEx」をローンチした、株式会社Enbirth 代表取締役 河合 優香理 (かわい ゆかり)さんです。河合さんは4年前の2017年、大手企業での安定した生活を離れ、自身で事業を立ち上げ、更に今年は新規事業もスタートさせます。その行動の源はどこにあるのか、なぜ独立され、起業に至ったのかについて伺いました。

「私は日本人」という強烈な帰属意識
帰国後に感じたギャップとの闘いを経て

河合さんは親の仕事の都合で4歳からオランダで育ちました。そして、その頃から「私は日本人なんだ」と強く意識していたそうです。というのも、親の赴任先はオランダの中でも地方の小さな村。アジア人さえ一人もいないようなその場所で、現地の人たちは、「日本」というあまりよく知らない東洋の国から来た移住者を、なんとも珍し気に見ていたそうです。そうした視線を感じるうちに「私は人とは違う、日本人なんだ」という強い思いが河合さんのベースに根付いていきました。

小学校に上がるといったん日本へ戻ったものの、中学校と高校は、フランスのインターナショナルスクールに通うことになりました。そこには異なる国や人種、背景を持った多種多様な生徒がおり、人と違うことは当たり前、コミュニケーションのために意見や思ったことをきちんと伝えることもごく当然で、お互いの違いを認め合う、自分の意見はしっかりと伝える、ということの大切さを肌で感じたといいます。また、学校ではそれぞれのクラスメイトが、その出身国の代表のように見られるため、河合さんの「私は日本人」という意識は更に強まることになります。例えば、授業の中で日本に関係することがあると、先生もクラスメイトも、河合さんを含めた数少ない日本人に意見を求めてきます。「自分は日本人である」というアイデンティティがいつしか「私は日本を代表している」という意識にすら変わっていきました。たった一人の名もなき日本人でも、世界に出れば”日本代表”として見られ、その言動で日本という国の印象がついてしまう。思春期に過ごしたここでの体験はその後の河合さんの人生にも深く影響を及ぼします。

オランダ時代の河合さん。こんな小さな女の子が「日本人であること」を強烈に意識していたなんて…

そんな日本への強い帰属意識を持った河合さんでしたが、大学受験のタイミングで日本に戻った時にショックを受けたといいます。というのも、「日本にいる日本人は誰も自分が日本人であると意識していない」という事実を知ったからです。そして、日本社会の縮図のような学生生活で、「優香理はキコク(帰国子女)だから変わってるよね」と言われることもしばしばでした。「自分は日本代表だ」とすら思って生きてきた河合さんにとって、このことは衝撃的でした。大学の学部も日本のことをもっと知りたくて日本文学を専攻したものの、完全にアイデンティティが崩壊し、自分が何者なのか、何をやりたいのかをひたすら考える4年間となりました。

仕事の楽しさを覚え、猛烈に働いた日々
消極的定着を断ち切るまで

そんな自分探しに迷走した大学時代を終え、卒業後は大手日系電機メーカーへ入社。マーケティング部門で海外向け商品の企画担当としてキャリアをスタートさせます。

ちょうどその頃、地デジ化が始まり、「デジタル家電」という言葉も出始めていました。毎月海外出張があり、超多忙を極めた初めての社会人生活でしたが、とにかくやりがいがあり、「仕事ってこんなに面白いのか!」と夢中になりました。大学時代にやりたいことが特になかった反動もあってか、商品の企画から販売までのプロセスすべてに携われるその仕事は楽しくて仕方がなかったそうです。

ただ、その後、組織変更があり、河合さんは国内事業部に異動となりました。海外事業部とは雰囲気も仕事内容も異なり、グローバル市場に向けてダイナミックな仕事を一気通貫で任されていた頃のやりがいを保つのは難しくなってしまいました。

そこで、やはりグローバルな環境で働きたいという思いから、外資系大手IT企業へと転職します。その後、9年間在籍した河合さんですが、実は3年目に出産を経験してから、どことなく「モヤモヤ」とした状態のまま6年を過ごしたそうです。今すぐ辞めるほどの大きな不満は無い、育児と仕事を両立するための制度も充実しているし、給料にも満足している。けれど拭い去れない「モヤモヤ」が河合さんの中に沈殿物のように体積していました。

というのも、出産をきっかけに、こんなに可愛い我が子を長時間保育園に預けてまで仕事をするのだから、とびきりやりがいのある、価値あることを達成したい!という思いが河合さんの中に芽生えていたのです。そして、それは「果たしてこの仕事がそれなのだろうか?」という迷いに変わっていきました。今すぐにでも辞めるような大きな理由はない、けれどもなんとなく「このままで良いのかな…」、というモヤモヤを抱えた「消極的定着」状態が続いた9年目。子供が小学校に入学する年になったことに加え、人事異動も重なり、会社を辞める決意が固まりました。

まずは、働き方を変えよう ―
日本は働きたくなるような国なのか?

河合さんは退社後、フリーランスとして企業のマーケティングをプロジェクトベースで支援する仕事を始めます。「よく人生は旅だと言いますが、まるで一人旅のようなフリーランスになって初めて、これまでの会社員生活はパッケージツアーだったのか!と気づいたような感覚でした。会社員は大失敗もしないし、目的地が決まっていて毎日きちんと食事も出てくる。一方で一人旅は、自分で計画して、目的地を決めて、必死に走り回らないと満足にご飯すら食べることができない。自己決断力と責任感が必要ですけど、なんて楽しい働き方なの!って」と河合さんは笑顔で当時を振り返ります。

一方、この頃から会社員の友人からいろいろと相談を受けることが多くなりました。働き方セミナーに登壇したり、働き方調査の仕事することもあり、実はかつての河合さんと同様に、モヤモヤしながら働いている人がたくさんいるという現実を目の当たりにしたのです。「最初は、私がワーキングマザーだからモヤモヤするのかと思っていました。でもそうではなかった。生産性高く、意欲的に仕事をする人たちほど、日本の働き方にモヤモヤする、ということに気づいたんです。」忖度、根回し、同調圧力…”空気を読む”ことが重視され、なかなか違いを認め合えない、そんな日本特有の古い価値観や組織風土は、働き手の意欲を削ぐことはもちろん、組織の生産性を下げていると感じたそうです。日本は超少子高齢化社会、海外から優秀な人材をどんどん採用しなければならない時代、日本は海外から見て「働きたい」と思えるような国なのか?働きたい国ランキングでほぼ最下位の日本の現状に、河合さんは危機感を抱いたといいます。世界中の人たちから「日本で働きたい」と思ってもらえるような状況を作りたい、というのが事業プランの萌芽となりました。幼少期から「日本代表」のような意識が根付いてきた河合さんとしては、こうした日本の状況を野放しには出来なかったのかもしれません。

河合さんが実施した調査によると「会社員として働き続けるために必要な能力は何ですか?」というアンケート結果の1位はなんと「忍耐力」だったそうです。安定していて、今すぐ辞める理由はないけれど、「このままでいいのだろうか」という漠然とした不安を抱え、日本社会特有の組織風土に忍耐しながら働いている…そんなモヤモヤしている会社員がこんなにも多いという事実が改めて浮き彫りになったのです。本来意欲のある社員が十分にやりがいを感じて働けない状態は本人にとっても企業にとっても、日本社会全体にとってマイナスでしかありません。

そこで考えたのが「WorkEx(Workforce Experience Indexの略)」という企業の働き方に対する健康診断のようなサービス。その企業で働く人が、どのような働き方を体験しているかをインデックスで明らかにする、というものです。

自分のモヤモヤから生まれたサービス
”WorkEx”で働き方の健康診断を。

WorkExでは、社員が持つ「モヤモヤ」を可視化できます。そしてそのデータが蓄積されると、社員だけでなく、企業の課題も明確になるという仕組みです。一言に「モヤモヤ」といっても、仕事の進め方、評価方法、リーダーシップなど、社員の中にくすぶる火種は多岐に渡ります。更には、ある人にとっては「保守的でつまらない会社」でも、ある人にとっては「無理なく働ける良い会社」といったように、属性や個人の性格によって、認識に差があるため、このシステムでは回答者のタイプでフィルタリングが出来るようになっています。

当初、WorkExは転職を考えている個人向けのサービスとして開発を進めていました。しかし意外にも、企業からの引き合いが強く驚いていると言います。「現在、多くの大企業が経営戦略として「変革」を掲げているにもかかわらず、昔ながらの組織風土が変革を妨げてしまっています。どうすれば、社員のパフォーマンスを最大限発揮して、競争力のある組織に生まれ変われるのか、と悩んでいる企業はたくさんあります。そのソリューションの一つとして、WorkExで日本特有の組織課題を可視化し改善に繋げていく、といった提案をしたところ、現在複数の企業様にトライアル導入が進んでいます。」と河合さんは現状を語ってくれました。

この事業計画を練り上げた河合さんは、ものづくり補助金に加え、東京都の起業家向けアクセラレーションプログラムにも応募し、なんと両方とも採択されました。このことは大きな自信につながったと言います。

現在は各分野のの専門知識を有する優秀なメンバーを集め、サービスの開発を更に進めています。

実は一度この事業の前に、その前身となる事業を別のメンバーと進めていた河合さん。その時のチームはうまく折り合いがつかず解散となってしまったそうです。その時の失敗や経験が、今のチーム作りにも活きているそう。その要因について伺ってみると「かつてのチームは、フラットでリーダー不在の組織でした。それは理想的な形ではあるけれど、スピード感を持って意思決定をしようと思うと難しい。意思決定には全員の意見を一致させる必要があるので、いつの間にか同調圧力のようなものが発生してしまう。人それぞれが持つ違いを認め合えず、同調圧力が生まれる…それは私自身が変えたいと思っていた日本の組織風土そのもの。まさか、自分が変えたいと思っていたことが、自分のチーム内で起きてしまうなんて…あまりにもショックで自己嫌悪の日々でした。今回のチームでは、明確に自分が代表となって、全て自分の責任で事業を進めています。でも、自分一人ではとてもじゃないけど力が足りない。だから、自分が持っていないスキルを各メンバーに補ってもらっているという感じです。全員が各領域のプロで、違うのが当然。だからこそ、違いを認め合えるチームになっているんだと思います。みんなに力を貸してもらって感謝しかないですね。起業は大変なことだらけだけど、いつかメンバーに恩返ししたいという思いが今の原動力です。」と教えてくれました。

これから事業規模をスケールさせていきたいという河合さんですが、それもメンバーたちに対して、お金だけではない恩返しになると考えてのこと。金銭的な報酬だけではやりがいを得られなかった河合さんらしい考え方です。「仕事というのは、失敗も含めて、様々な人との出会いがあったり、気づきがあったり、成長があったり、いろんな体験をすると思います。その積み重ねが人生を豊かにすると思うので、メンバーに対して豊かな体験をプレゼントできる、そんな会社にしたいですね。」と希望に満ちた口調で話す河合さん。こんな素敵な考え方の会社が増えたら海外からも日本で働きたい、ワクワクしたい、という人が来てくれるのではないでしょうか。働くことが「忍耐」だなんて言わなくてもよくなるような働き方が、日本に根付くことを私も願ってやみません。

今回お話を伺った河合さんの事業に興味がある方は以下のURLを覗いてみて下さいね。
https://enbirth.co.jp/

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